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【アラベスク】  第10章 カラクリ迷路



第2節 土曜日のギャンブル [2]




 恐れている――――
 そうだ。自分は恐れている。自分は弱い。
「まだ弱いままなのか」
 思わず呟き、ハッと顔をあげた。間近で少女が怪訝そうな顔を向けている。気がつくと、すでに辺りは女子生徒の山。教室に入ろうとする生徒が一人、迷惑そうな視線を投げてくる。
「どうしたの?」
 心配そうな瞳に苦笑する。頭がイカれたとでも思われたか?
「本当に、何でもないんだ」
 結局、突き放せない自分。情けない。
「ホント?」
「ホント、ホント」
 言い寄る女子生徒から身を離し、左手の鞄を持ち直した。
「教室に行かないの?」
「あぁ」
「えぇ? 何で?」
「誰か待ってるの?」
「誰? 誰?」
 矢継ぎ早に浴びせられる声が、次第に熱を帯びてくる。言葉を口にしながら勝手に自分で盛り上がってしまう姿は、少し滑稽だ。だが同時に恐ろしい。

「やつらは噂という蜜には目がないからな」

 陽翔の言葉に間違いはない。間違ってはいないが―――
 対立関係にある相手の言葉を認めそうになり、慌てて瑠駆真は頭を振る。
「そんな事よりさ、こんなところで集まってると他の生徒にも迷惑だし」
 宥めるように辺りを見渡し、緩やかに集団を誘導しようとした時だった。
「確かに、迷惑だな」
 女子生徒の集団の向こう。長身であるがゆえにポッカリと飛び出た頭が不愉快そうに辺りを見渡す。片手で鞄を肩に乗せ、もう片手はズボンのポケットへ。
「やだ、金本くんよ」
「私、あの子嫌い。だって怖いんだもん」
 瑠駆真を慕う生徒からは、聡はあまり好かれてはいない。逆に聡の周りに集まる女子からは、瑠駆真は頼りなさ過ぎると酷評されている。
 それぞれが石榴石(ざくろいし)倶楽部、コラーユ・de・ルベリエ などといった集まりを形成し威嚇し合っている為、お互いの関係も良好とは言えない。
「怖いって言うなら、どっか行け」
 一人を睨みつけ、相手の態度を見届けもせずに視線を瑠駆真へ向ける。
「これは何だ? 新手の嫌がらせか?」
「嫌だと思うのなら、嫌がらせにもなるんだろうな」
 瑠駆真の言葉に、聡の瞳がスッと細くなる。小さな瞳から発せられる鋭い光。
「朝っぱらから、喧嘩売ってくる?」
「売っても構わないけど、今はそんな暇はない」
 瑠駆真も負けじと睨み返す。
 この男には、負けられない。
「なら、これは何だ?」
「お前を待っていた」
 そう答え、握り締めていた携帯を突き出す。
「メールしておいたはずだ。話があるから早めに来いと」
「あぁ」
 本当に忘れていたかのように、聡が頭を掻く。
「そんなのあったな」
 悪びれもせずにシレッと答える。
「あんな朝っぱらからメールされたって、こっちにも都合ってものがあるからな」
 早朝の路上。陽翔と分かれた後、瑠駆真は聡へメールした。聡はまだ寝ていたのかもしれない。目覚めてから瑠駆真のメールに気づいていては、早めの登校など無理と言ったところか。
 こちらに非はないと言いた気な聡の視線。
「だいたい話があるって言うのなら、その話ってヤツをメールしてくればいいだろ?」
 だが瑠駆真は、すぐには答えず言葉を捜す。
 慎重に言葉を選び、口を開いては一度閉じ、改めて開いた。
「お前の口から直接聞きたい」
「何が?」
「ちょっとこっち来い」
 言いながら首で相手を促す。その態度が聡の機嫌を損ねる。
「話なら、ここでいいだろ?」
 瑠駆真に首で扱われるのは癪だ。
「それとも、他人に聞かれちゃ困るのか?」
 挑発するような言い草に、だが彼が乗るワケはない。周囲の女子生徒を掻き分けるようにして歩き始めた足を止め、瑠駆真は肩越しに振り返る。
「美鶴をどうする?」
 その一言で、場の雰囲気が変化する。温度が急激に降下し、少女たちはお互いを見つめる。
「やっぱり、大迫さんなんだ」
「なんであんな野蛮人の事ばっか気にするワケ?」
 野蛮人という言葉を聡がギロリと睨み、肩に乗せていた鞄を持ち直して一歩踏み出す。
「どういう意味だ?」
「美鶴の謹慎期間が二ヶ月に決まったらしい。ヘタをすれば単位不足で留年させられる」
 下級生一人を突き飛ばしただけで二ヶ月の謹慎とは。
 瞠目し、生唾を飲む聡に追い討ちをかける瑠駆真。
「それに、君の義妹は事態の撤回などしないよ。絶対に」
 絶対に、という最後に力を込める。







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